無意識が教えてくれるもの from ストックホルム🇸🇪【前編】〜ユング派分析家へのインタビュー〜

藤南佳代先生は、バルト海に広がる水の都ストックホルム在住のユング派分析家です。
分析家とは、精神療法の一つである精神分析治療を行う専門家のこと。
精神分析には学派がいくつかあり、そのひとつであるユング派はスイス人精神科医カール・グスタフ・ユングが構築したものです。
他に、フロイト派やアドラー派などがあります。

精神分析では、ひとの心の中には本人が意識していない「無意識」という領域があると仮定し、その無意識が当人の日常の行動に大きな影響を与えると考えています。
フロイトが、無意識を個人の心の中の葛藤を「意識」にのぼらないよう押さえ込んだものと捉えたのに対し、ユングは無意識をもっと広く捉え、肯定的なものや、個人や時代を越えたものも含むとしました。
ユング派分析家とのセッションでは、無意識の助けを借りてクライアントの諸症状や悩みを目指していくと共に、心配事の解決を越えたたましいの自己実現を念頭に置いたカウンセリングが行われると言われています。

私は、学生の頃から精神分析に関心はあったものの、分析を受けるきっかけはありませんでした。人生のある時期、定期的に精神科へ通うはめになりましたが、精神分析を受けたのではなく精神科医による薬物療法と臨床心理士とのカウンセリング療法を併せて受けました。

心理士および精神科医の先生方は全面的に私の味方でいてくださり、私の心身の症状を改善していただきました。その経験はとても貴重だったといまでも思っています。
心から誰かと話し合い、互いの言葉や目線がぶつかり合う瞬間というのは、人生でそうなかなかあるものではないからです。
でもそれとは別に、個人的な好奇心で精神分析への関心は持ち続けていました。

「精神分析」といういかにも知的な響きに惹かれたというのもあります。しかしそれだけではなく、無意識や夢という芸術や文学で語られることの多いモチーフを学術的理論と実際の療法で扱う点に特別さを感じていました。そういう分野は「精神分析」以外では見当たらないんじゃないかと個人的に思っています。

とはいえ難しい専門書を何冊か読んでみてもなかなか簡単には理解できません。それでも、誰かと精神分析について詳しく話してみたいという思いが昨年ごろ(2021年)からふつふつと沸いてきました。
そんなある日、ユング派分析家である藤南先生のホームページとブログに出会い、しかも、先生のご好意でこのたびインタビューをさせていただくチャンスに恵まれたのです。

今回は藤南先生に「無意識って結局どういうもの?」「精神分析を受けると、クライアントはどう変わるの?」などなど、精神分析にまつわる様々な事柄について話を伺おうと思います。
インタビューは、2022年3月某日の日本時間17時、スウェーデン時間10時にZoomを使ったオンラインで行いました。

藤南佳代 先生 【プロフィール】
ユング派精神分析家、臨床心理士。
1967年12月生まれ、岡山県倉敷市出身。
奈良女子大学文学部卒業。
お茶の水女子大学大学院博士課程修了。
東京・埼玉の病院やメンタルクリニックにて臨床心理士として勤務。
スイス・チューリヒのユング研究所を経て、ISAP国際分析心理学研究所にて、2007年ユング派分析家の資格を取得。IAAP国際分析心理学会会員。日本ユング心理学研究所Associate会員、サイコセラピスト国家資格(スウェーデン)を所有。(Leg.Psykoterapeut / Licensed Psychoterapist)
2022年現在、スウェーデン人の夫、2007年生まれの息子とともに、ストックホルム在住。
https://bunsekisinri.com


ユング派分析家・藤南佳代先生と著者

目次

精神分析のイメージと実際

ー藤南先生は「精神分析って面白い!」「無意識ってすごい」ことを伝えようとブログで、一般の人にもわかりやすい専門的な記事をたくさん書かれていますね。

私は臨床心理士とのセッション体験はありますが、精神分析を受けた体験はありません。
分析家は、クライアントの夢や考えていることを聞いて、無意識を探っていくイメージを持っています。
実際のところ分析家は、クライアントの無意識をどのように見つけていくのでしょうか。

「わたし自身、臨床心理士として仕事をしていた頃は、精神分析について何も知りませんでした。最近も知り合いの心理カウンセラーから、精神をどうやって分析するのかと聞かれて昔の自分を思い出したところなんです。
『分析』と聞くと、一体何をされるんだろうってイメージだけで怖がられるんですけれど、実際には分析家が行うセッションといっても、一見、一般的なカウンセリングのセッションと違いはありません。

フロイト派の精神分析では、クライアントは長椅子に寝転んで、その後ろに座っている分析家と目を合わすこともなく滔々と話をするのですが、ユング派の分析は、ふつうに座って対面で行われますし。

ただ、どんな学派であっても、分析家が深層心理や無意識の領域に興味を持っていて、言葉だけのやりとりの奥に何があるかということにとくに関心を持っているということは言えますので、一般のカウンセリングと比べると、カウンセラー側の観点に違いがあるのは確かですが、いずれにしても分析という言葉は固すぎて、実態には即していない感じがします。

無意識は「見つける」というより、「つながる」とイメージしていただいた方がいいと思います。」

ー「つながる」イメージですか。「見つける」イメージよりも、より身体性を感じますね。無意識とつながる話の前に、少しだけ私自身の話をさせてください。
私が臨床心理士とカウンセリングをしたときは、毎回最後に先生が私の話をまとめてくれたんです。「つまり、AがあってBが起きたんですね。その時あい子さんはCと感じたんですね」のように。
最初は先生の話に何となく頷いていただけでしたが、だんだんちゃんと聞けるようになりました。先生のお話に納得できないときもありましたが、先生のまとめを聞いたり後からそれについて考えるようになると、少しずつ自分自身を客観的に見れるようになったんです。

感情だけで断片的に過去を振り返るのではなく何が本当の問題だったのか理性的に時系列で理解し判断できるようになりました。すると、抱えていた問題も解決していきました。
あとから気づいたのですが、心理士の先生は私の話をまとめることで、かつて私が出来なかったこと、つまり原因と結果を繋ぐ手助けをしてくれたのだと思いました。少なくとも、そのように私を援助していただいたと感じています。

私は小説を書いていたこともあって人生を「物語」に例えて考える癖があるのですが、心理士の先生がされた作業は、私の過去の行動や意識を基にして『私の現実の物語』を作られたのだと感じました。

一方、精神分析では自分の無意識に視点が向くと思います。無意識は過去や当人の行動とは何ら関係がないとは思いませんが、やはり意識が支配する現実とは違う領域かと思いますので、もし私が精神分析を受けて無意識につながることができたなら、意識が支配する物語とは違う別の物語を、自分のなかに発見できるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

「おっしゃる通りです。カウンセリングそのものが自分の物語を作っていく作業とも言えますが、精神分析では無意識を含める分、物語もより壮大になるイメージなので、自分の神話と表現してもいいかと思います。」

ー神話とはかなり壮大なイメージですね。冒頭で、精神分析も通常のカウンセリングと同様クライアントと分析家のお話になるとお聞きしましたが、無意識につながろうとするときは、患者さんとはどんなお話をされるのでしょうか?夢の話もされますか?

「はい、夢を覚えていらっしゃる方には教えていただいています。」

 

ユング派心理学でよく聞かれる元型とは

ーそのとき、患者さんの話からその人の神話に繋がるようなエピソードや内容は聞き取れるのでしょうか?私の個人的なイメージですと、ユングといえば夢分析、または元型探しというイメージがあります。

例えば、ある患者さんの心の中に”ユニコーン”というキャラクターが潜んでいたことがセッションで分かるとします。するとこの”ユニコーン”がその人の無意識にとっては大事なキーワードだと判断して、つまりユングの言葉でいうと「元型」であると見なすことができると、「無意識につながった」と感じられるのでしょうか。

「荒川さんは、元型をどんなものだと捉えられていらっしゃいますか?」

ーユニコーンだったり魔女だったり、蛇だったり。それこそ神話に出てくるようなキャラクターです。
元型はクライアントの本来の心の姿を浮かび上がらせる役割だと私なりに解釈しています。クライアントが自分の元型を受け入れることで、それまで無理をしていた生き方を改められて自分らしい生き方ができるようになる。
クライアントが苦しみから解放されるための大事な要素であるのが元型であるというイメージを持っていますが、いかがでしょうか。

「なるほど荒川さんのイメージされている元型は、それぞれの人にとっての「元の型」みたいなものなんですね。
個人にとって特別な意味のあるイメージが、その人自身の無意識の理解に役に立つのはおっしゃる通りです。ただ、ユング心理学の中では、元型という言葉は、無意識の中にある誰もが共通に持っているイメージとかモチーフを表すのに使われています。

たとえば「母親」という元型を例に取ると、保護してくれたり包み込んでくれるような温かくて優しい聖母などの肯定的なイメージと、呑み込まれるような恐ろしくて冷たい、鬼婆なんていう否定的なイメージをどちらも含んでいて、それは、実際にどんな母親に育てられたかに関係なく、誰もがある程度、共通に持っているイメージかと思います。

ですから、自分自身に固有のたったひとつの「元の型」を見つけるというよりも、いろんな元型のイメージに触れながら、自分の無意識を探求していくという風に想像されたらいいかと思います。

たとえば神話に出てくる登場人物は、それぞれが普遍的な要素を持っています。その中に自分の性格や性質を見つけてつながりを感じることはよくあります。

それ以外でも自分にとって大切な意味のあるイメージを丁寧に味わっていくことで、自分の神話と呼べるようなものを見いだしていくと、それは、たとえば日記を書いて内省することで見えてくるような、意識が把握しているパーソナルヒストリーとは層の違うものですから、もっと大きな視点から自分を見つめることができるようになります。」

 

ユング派精神分析でクライアントはどう変わるのか

ー自分の神話を見つけていくと、実際にクライアントさんはどのように変わっていくのでしょうか。

「変化の仕方はもちろん人それぞれですけど、私の印象でひと言でいうと、自分の軸ができていくということは共通に言えるかと思います。

私自身も分析を受けて、そういう感覚を持っているんですけどね。
無意識の領域にまで貫かれている軸って揺らがないんですよ。

自分軸という言葉は、最近、巷でも聞きますが、自分はありのままでいいとか、自分で自分を受け入れようとか、周りを気にしないなんて頭でどんなに言い聞かせて踏ん張ろうとしてみても、意識レベルの決意は、腹落ちするところまではいきにくいし、本当の自信にもつながらないので、そんなおまじないに効力を持たせることも難しいでしょう。

でも無意識につながると、真にブレない自分の軸ができると同時に、進むべき方向も自然と見えてきます。」

ーそれは、とても良い変化ですね。
でも、神話にこだわるようですが、日本は神話に親しむ機会もなく、古い時代から人間のあいだで共通にもっているイメージが自分のなかにもあるように思えないのですが。

「神話といっても、ギリシャ神話なんかである必要はなくて、例えば漫画やゲームのストーリーだっていいんですよ。
ゲームの世界だって、神話に出てくるのと共通のイメージが満載ですし、もちろん日本むかし話でも映画でもドラマでも、自分にピンとくるものなら、「神話」という言葉にこだわらなくてもなんでもいいんです。」

ー確かに父殺しがテーマのギリシャ神話『オイディプス王』がありますが、父殺しのテーマは漫画『機動戦士ガンダム』や映画『スターウォーズ』でも扱われていますね。

世界共通で同じモチーフやテーマを扱う物語があるのですね。

「ユングの用語に『集合的無意識』と言われるものがあるのですが、無意識の中には、個人の知識や経験を超えた、人類共通、もしくは種族共通のイメージがあると考えられています。

それで、実際にギリシャ神話についてなんにも知らなくても、自分が知っている物語の人物やイメージを掘り下げていけば、ギリシャ神話に出てくる登場人物と重なっているということもよくあります。」

ー仮に、私にとってユニコーンというイメージが大切なら、ユニコーンが持つ意味を感じ取って、自分の人生に生かしていくのでしょうか。

「はい、ユニコーンという媒体を通して自分の無意識にアクセスできれば、そこに軸もできるし、自分が個人を超えた大きなものの一部だっていう感覚が、いろんな夢やイメージを通してどんどん固まっていって、そこで自分の神話ができていく、それはユニコーンの神話とは違う、オリジナリティーのある自分だけの神話が完成していくって感じなんですね。

大切なのは完結した神話を見出すことではなく、神話の完成を目指しながら進んでいくそのプロセスそのものに価値があります。」

ーなるほど。元型とか神話にこだわりすぎず、無意識にアクセスする過程と、自分の神話を作っていく過程が大事なのですね。自分の神話を手に入れることも大事だけれども、過程も大事だと。

「むしろ過程がすべてです。それは生きている限り続くもので、プロセスそのものが自分の身になっていくものなんです。」

ーそうなると、とても時間のかかるものになりそうですね。すぐにできるものではなさそうですね。

「もちろんほんの数回の分析で簡単にたどりつくというわけにはいきませんし、コレだと思った次の瞬間には、見えていたとかつながれたと思った感じがまたぼやけちゃうことだってよくあります。

でも何年も何年もかかって修行の末にたどりつくというのとも違います。とにかく、しつこいですがプロセスそのものに意味があるので、瞬間、瞬間の感動がありますし、まだかな、まだかなと待つ感じでもないのですね。」

つづく

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